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水戸地方裁判所 昭和22年(行)8号 判決

原告

堀江丈一郞

外二六名

被告

茨城県農地委員会

茨城県知事

主文

原告等の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

請求の趣旨

被告茨城県農地委員会が昭和二十二年九月九日買收計画第一四号を以てした原告等の各別紙目録記載の所有山林原野を含む茨城県眞壁郡五所地区未墾地買收計画及び被告知事が右計画につき、なした認可並令書交付処分を夫々取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等二十六名訴訟代理人及び原告富澤英雄は、その請求原因として、原告等は別紙目録記載の通り山林原野内大部分を所有するものであるが、これを昭和二十二年九月九日被告農地委員会は「買收計画第一四号」を以て未墾地買收計画を樹て、同月十一日から同年十月一日迄の間、五所村役場掲示場においてこれを縱覧に供した、原告等は縱覧期間中である昭和二十二年九月二十三日に「開墾は既耕地の荒廃となるから買收より除外されたい」旨、被告農地委員会宛に異議の申立をした、然るに、同年十一月十七日被告農地委員会は「計画通り買收する」旨決定をし、被告知事は右買收計画を認可し、次で令書の交付をなし、遂に本件山林、原野は国家の所有に帰した。しかし、被告農地委員会のなした右買收計画及び被告知事のなした右認可並令書の交付には次のとおり、違法がある。即ち

第一、先ず被告農地委員会について、

一、被告農地委員会が樹てた未墾地買收計画なるものは、自作農創設特別措置法、同法施行令、同法施行規則等関係法規に基ずいて為されたものであるが、これ等法規は旧憲法施行当時制定になつたものであつて、日本国憲法第二十九條に反するから、昭和二十二年五月三日以降は無効に帰し、廃棄となつた、したがつて、右自作農創設特別措置法等の法規に基ずいて被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画は違法な買收計画である。

二、仮りに然らずとするならば、被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画は、從來も村内において、山林開墾について、失敗した例もあつたこととて、愼重にしなければならないのに拘わらずこれを怠り、地味、地勢、地質等について、実地にあたつて、調査をなさず、その上本件山林、原野として利用することが当該地方として適当であるか、開墾して耕地を拡大することが当該地方として適当であるかについても、何等現地の意嚮を聞きもしなければ、檢討もしないで漫然机上で立案計画したもので、計画が甚だしく粗雜であつた、その結果、山林原野の所有者である原告等には勿論、入殖者にも甚大な損失を蒙らしめるに至つている。と謂うのは、本件買收計画地区内の山林は櫟、楢、松その他の雜木平地林であつて、原告等は、その立木より日常の薪炭を補給し、その落葉、青草はこれを採取して堆肥となし、不足な農耕用肥料の補いをつけている、しかし、それでも既耕の田畑の施肥には、依然として不足をつげているから、原告等は本件計画の対象である山林を農業経営の上から極めて貴重な資源として扱い、その上既耕の水田に対する灌漑の点からもこれを、重要視している、他面、国が斯かる山林、原野をたとえ開墾して農地としても、不完全な農地としかならないばかりか、既耕の美田、美畑にも亦何等利益をもたらすことがない。

以上の理由から、斯かる山林、原野の開墾は国として害こそあれ、利益とはならないから、本件未墾地の買收は公共の福祉のために、個人の私有財産を利用すると謂うことにはならない、したがつて本件未墾地買收計画は、幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り尊重されるとの日本国憲法第十三條の趣旨に牴觸し、つまり原告等の個人の幸福追求権か全然無視されたことに帰するからこの点からしても本件買收計画は違法である。

三、のみならず被告農地委員会が樹てた未墾地買收計画による買收価格は反当僅か百三円六十八銭と百五十一円二十銭とであるが、元來山林原野は統制価格がないから、平地の山林原野で立木を伐採して根株の残存している空地の売買値段は反当金千円から金五千円位もする、然るに本件山林は立木もあれば根株もあるので、空地として買收計画を樹てることはできない、從つて被告農地委員会が右計画を樹てるならば立木及び根株の各価格を算出して、これを一体不離のものとして須らく自作農創設特別措置法施行令第二十五條の精神を活用して、原告等の損失を補償しなければならないのであつて、右の方法に出ない被告農地委員会の定めた買收価格は憲法第二十九條に規定する正当な補償と謂うことはできないから、結局本件山林買收計画は憲法第二十九條に違反する違法の計画である。

四、以上、孰れも理由ないとするならば、原告等は本件買收計画の縱覧期間中である昭和二十二年九月二十三日に、被告農地委員会宛に、前示の趣旨を以て異議の申立をしたのであるから、被告農地委員会は右期間満了後二十日以内に決定をしなければならないのに拘わらず、この法定期間を無視して、四十数日後の同年十一月十七日に至つて却下の決定をした、然るに個人が右の異議の申立をするには法規により、異議申立期間が定められ個人はこの期間の遵守を嚴重に命ぜられているのに鑑みて右異議申立に対する行政庁の決定も衡平上、嚴守されなければならない、ところが被告農地委員会は右却下の決定を期間経過後になし、以て期間の遵守を怠つて法規に違反したから、此の点からしても本件買收計画は違法である。

第二、つぎに被告知事の処分について、前述のように被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画は違法であるからこれに基ずいて為された被告知事の前記計画に対する認可並に令書交付の処分も違法である。

以上の通り被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画及びこれに基ずく被告知事の認可並に令書の交付処分には何れも違法がある。よつて、被告農地委員会との関係において、前記未墾地買收計画の取消を求め、被告知事との関係において、前記認可並に令書交付処分の取消を求めるため、本訴に及んだ次第である。と述べた。

(立証省略)

被告等訴訟代理人は「原告等の請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、原告等主張に係る本件山林、原野が平地であつて別紙目録記載の通り原告等がこれを所有したこと、被告農地委員会がこれについて、未墾地買收計画を樹て、これを原告等主張のように縱覧に供したところ、原告等はこれに不服で、同農地委員会に対し、異議の申立をなし、同農地委員会はこれに対し、原告等主張の日に原告等主張のような決定をし被告知事が認可し、次で令書の交付のあつたことは認めるが、そのほかの主張はこれを否認する、即ち被告等のなした処分には次のような理由で、原告等の主張のような違法は何等ない。

一、自作農創設特別措置法、同法施行令、同法施行規則等関係法規は土地を公共のために用いるための関係法規であつて、これに定めてある補償額の算出の方法は国家社会の立場から檢討の上定められたものであるから、右関係法規は憲法第二十九條に何等違反するものでないから、右法令に基ずいて定められた本件未墾地買收計画は適法である。

二、原告等は薪炭、落葉、水利の点から観察して、本件未墾地を失うことは既耕地に惡い影響を及ぼすのみならず開墾して農地にしても、不完全な農地にしかならないと謂うが、本件土地には現在殆んど樹木が存在しないのであるから、原告等の主張は意味をなさない、併し、仮りに、そうでないとしても、戰後の日本にとつては、農地を開発して、自作農を創設し、そして、食糧並びに農業生産力を增大すると謂うことが最も喫緊な事業であり、この事業達成のために自作農創設特別措置法の制定を見たのであり、被告農地委員会の本件計画の樹立も同法に依拠して農地改革事業と謂う目的に即応して立案したのでありまたこの樹立に際しては、自作農創設特別措置法施行規則第十四條の規定に從つて、茨城県開拓委員会に諮問し、同委員会の適地としての判定を受けたことは勿論で、地元五所村でもこれより曩自主的に五所村開拓促進協議会なるものを設置し、右開墾計画を全面的に支持する旨の決議をした程で、被告農地委員会としては愼重に立案計画している、果して然らば被告農地委員会の樹てた右計画は自作農創設特別措置法の自作農を創設し、以て食糧並に農業生産力を增大すると謂う喫緊なる事業に該当しているし、この目的のための個人の財産の利用であるから、個人の幸福追求権は十分尊重されている、したがつて被告農地委員会の本件買收計画は日本国憲法第十三條には何等牴触するものではない。

三、原告等は本件買收計画における、買收の対価が日本国憲法第二十九條の正当な補償と認めることができないと謂うが、その主張は誤りである。即ち、

1 未墾地買收計画においては、右計画の樹立及びこれに対する知事の認可があつた後、買收令書の交付によつて、国は該土地の所有権を原始的に取得し同時に元の所有者の該土地に対する所有権は消滅するのであるから、補償金の当不当は、既に国に帰属した所有権には影響をもたらすものでない。

2 仮りに右主張が容れられないとするならば次のような理由で原告等の此の点に関する主張は何等採るに足らない、即ち、抑も資本主義経済の下においては、土地は商品としての内容と、生産手段としての内容とを持つものであるが、戰後における日本は経済的窮乏殊に食糧の不足と謂う問題を解決しなければならない立場にあるから、この刻下の情勢に即応して耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持增産を図らねばならない、その結果、これ等を内容とする立法が促がされた、しかして農地調整法が制定されたのも右理由の一であり、同法によると農地の移動統制(同法第四條、第十七條ノ四)農地潰廃の制限(同法第六條、第十七條ノ五)小作地引上の制限(同法第九條、第十七條ノ五)小作料物納若くは金納の禁止(同法第九條ノ二、第十七條ノ四)小作料引上の禁止(同法第九條ノ三、第十七條ノ四)等が規定され、自作農創設特別措置法には未墾地につき、「農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的」とし「土地の現状の変更、土地讓渡の制限」(同法第三十條ノ二)等について規定をし、以て農地を不融通物としている即ち、農地を以て個人の投機の対象としての商品である内容を殆んど削除し、生産手段としての内容のみを伸張せしめようとしている。

したがつて、農地や未墾地の価格は他の商品のように自由市場における投機価格などはあり得ない、しかしそれは他の商品のように労働の成果ではなく、自然の賜であるから、その価格は他の商品の価格のように生産費に利潤を加えたものではない農地は生産手段であるからこの価格は、收益を生ずる農地と謂う意味で価格を算定しなければならない、して見ると農地を耕作するところの該自作農の收益を基礎として農地の価格を定めなければならない、此の観点から農地調整法が自作收益価格を基礎として農地の価格を定めたのはまことに妥当である。

しかして未墾地は農地に造成されて農産物の生産手段としての効用を十分に発揮し得るものであるから、未墾地の価格を定めるには右のようにして算出された農地の価格を標準として定める外なく、自作農創設特別措置法第三十一條が未墾地即ち農地以外の土地は当該土地の近傍類似の農地の価格に中央農地委員会の定める率に乗じたものを以て、その補償額としているがこれはまことに理由がある。

しかして、現下の物価体系において食糧品価格はその基礎をなすものであつて、食糧の生産手段である農地は全物価体系の基調をなすものであり、その価格は容易に変更すべきものでない、したがつて、国家的社会的立場から、決定した自作農特創設別措置法第三十一條の定める未墾地の買收価格は日本国憲法第二十九條の正当な補償に該当する、したがつて被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画は自作農創設特別措置法によるもので、その対策は正に正当な補償であるから、此の点からしても、本件買收計画は適法である。

四、異議申立に対する決定期間は訓示期間であると解する、何となれば異議の決定の正確を期するためには決定期間を経過するもやむを得ない場合もあり、決定期間経過後の決定を直ちに無効とすることはできない。

五、前記のように被告農地委員会の樹てた未墾地買收計画は適法であるから、これに基ずく被告知事の認可並に令書交付処分も適法である。

かく観て來るときは、原告等の主張は、いずれも理由がないから、本訴請求は棄却されなければならないと述べた。

(立証省略)

理由

一、原告等は自作農創設特別措置法、同法施行令、同法施行規則は旧憲法施行当時制定されたもので、昭和二十二年五月三日以降これ等法規は日本国憲法第二十九條に違背し、したがつて無効に帰したと主張するにつき案ずるに、我が国は千九百四十五年八月、連合国による「ボツダム」宣言を受諾し、ついで同年九月二日、連合国との間の降伏文書の調印により、茲に右「ボツダム」宣言の條項を誠実に履行することの義務を負担するに至り、その結果、我が国は「日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去する」責務を負担することになつた、その後数次の覚書によつて、当面の課題として「数世紀に亘る封建的圧迫により奴隷化された日本農民を解放して耕作者えの土地所有権の分配」につき努力を盡す責任を課せられ、その結果自作農創設特別措置法の制定と農地調整法の改正とを見るに至つた。

次いで千九百四十八年二月四日付連合軍最高司令部の覚書により右二つの法令は「封建的土地所有制度を廃止し、公平且つ民主的な基礎による土地の分配に対する経済的障害を取除くために制定されたもので、これは日本に眞に自由且つ民主的な社会を創設するための先決要件であり、日本国民の主要目的の一つであつて、この法律の嚴正強力且つ恐れることなき実施は不可決な至上命令である」と再確認された。他面日本国憲法の保障する財産権の不可侵も今は往時の神聖不可侵を謳歌するものでない。何となれば十九世紀における財産権はその当時発達した個人主義思想及び自由主義思想との結びつきによつてこれを神聖不可侵のものであるとの保障を受け、所有権亦物に対して絶対支配を有するとして理解されていたがやがて個人主義理念は社会正義理念えと移行した結果、個人財産権の内容亦右影響を受けて相対性、社会性、公共性を有するものであるとされるに至り、所有権の本質は実は絶対的のものではないと理解されるに至つた、千九百十九年ワイマル憲法の制定があつたのも右社会正義の理念の具現にほかならなかつたもので、日本国憲法の規定の体裁亦右憲法の規定を出でないから日本国憲法の財産権の本質も右と同樣に理解する外ない、即ち日本国憲法は第十三條において基本的人権を総括的に規定し、これは公共の福祉のために、制限を受けなければならないとしている、しかして基本的人権の一である財産権に関しては同法第二十九條により同趣旨で財産権の社会性を再び宣明し、財産権の享有は妨げられないが、併しそれは公共の福祉に奉仕する義務を伴うものであり、したがつて公共の福祉のために採られる措置はこれを認容しなければならないとしている。したがつて、日本国憲法下における財産権の本質も諸国の制度と同樣、社会性、相対性、公共性を内容とし且つ又公共の福祉のために採られる措置はこれを認容しなければならない。義務を包藏すると解しなければならない。

以上の意味において、日本国憲法は個人財産権の保障を図つているものであり、この保障の崩壊を防止する目的から個人財産権を公共の福祉のために利用するときには、これに正当な補償を与えなければならないとし以て制度としての財産権の保障を日本国憲法は図つたのである。したがつて日本国憲法の規定する「正当な補償」はこれを個人財産権の保障と社会正義の理念との調和を得るところに求める以外になく、この調和を得てはじめて社会性、公共性、相対性とを内容とする財産権の享有の保障を全くすることができるのであり、補償の正当性は畢竟右機能を盡すを以て足るのである。

そして右日本国憲法は「全世界に正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願して」制定されたものであつてその目的とするところは「常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営すること」にあるのである果して然らば数世紀に亘る封建的圧迫により奴隷化された日本農民を解放して耕作者えの土地所有権の分配を目的とする自作農創設特別措法と日本国憲法とは前者が旧憲法施行当時制定されたものであつても、その精神において軌を一にして何等その間に相離反するものがないから原告等が主張するような自作農創設特別措置法並びに此等関係法規が日本国憲法に違反すると謂う主張は何等採るに足らない。

二、ついで、本件買收計画が日本国憲法第十三條に牴触するか否かについて案ずる。

成立について爭いない乙第三号証の一、二、同第三号証の一三に証人川崎〓夫、福岡卓郞の各証言を綜合すると、被告農地委員会は、本件土地が農地に適するか否かを、現地の地積、地勢、土質地下水、氣象等について実態調査を行つたこと、而も現地は農地に適し、同時にその開墾によつて附近の既墾者の農業経営上には毫も支障を來させないものであることの結論を得るに至つたものであることが認められる。

尚、その手続においても被告農地委員会は数次に亘つて、本件土地開墾について現地五所村開拓促進協議会と協議し、且つ開拓委員会に諮問して、決定を行つたことが右証拠によつて明認できるから、被告農地委員会の執つた手続には何等原告等の主張するような愼重を欠いた点は全く認められない、斯くして被告農地委員会の樹てた本件買收計画について観るに、成立に爭いない乙第三号証の二二、同第五号証によると、同計画は附近の既墾者の農業経営をも考慮に入れた上、九十一町歩の土地を開墾して、これを純入殖者三十八名、地元增反者三十名に割当配分、利用せしめて就畑の曉においては、取りあえず甘藷四十二万貫、小麥七百二十石の産出を図る予定であることが認められる、以上説示するところによつて、被告農地委員会の企図するところは、自作農を急速且つ広汎に創設し、食糧並に農業生産力を增大し、以て民主的傾向の促進を図ると謂う喫緊なる事業を遂行するにあつて、これは正に公共の福祉に合致するものであり、この目的のために、本件買收計画を前説示のように、十分檢討して樹て、以て個人の私有財産を利用するのであるから個人の私有財産の尊重は十分に盡されたものであると謂わなければならない、証人飯野謙藏の証言、及び甲第三号証の二記載中証人杉山新平の証言部分の内前示認定に反する点は遽かに信用し難い、原告爾余の立証を以てしても到底右認定を覆えすことはできない。

三、原告等は被告農地委員会の樹てた本件買收計画は正当な補償による買收でないから、日本国憲法第二十九條に違反すると主張し、被告等は本件土地は原始的取得により国家に帰属したから、原告等の本件土地に対する所有権は既に消滅し、補償の当、不当を以て買收計画並認可及び令書の交付処分の取消を求める理由とならないと主張するが、本件土地を買收するには飽く迄日本国憲法の第二十九條によつて、補償を行はねばならないのであつて、買收の効果が原始的取得であることは被告等の主張するとおりであるとは謂えそれだからと謂つて補償の当、不当には関係ないという主張は採ることはできない。

政府が農地或は未墾地を買收するに当つて支拂う対価は前者につき自作農創設特別措置法第六條、後者につき、同法第三十一條、同法施行令第二十五條に基ずいて支拂われるがこの対価の算出の根拠は次の通りである、即ち昭和十五年から昭和十九年迄の五箇年の平均水稻反当実收高は二石であつて、これをその生産者の供出すべき部分と、保有し得る部分とに分け、それぞれ第一次農地改革当時の供出価格と保有価格とで金銭に換算すると、二百三十四円三十六銭となり、これに耕作者の副收入反当十四円三十九銭を加えると反当総收入は二百四十八円七十五銭となり、それから反当生産費二百十二円三十七銭を引いた三十六円三十八銭が反当純收益となる、それから企業家としての利潤を反当生産費の四パーセントとすると八円五十銭となる、そして反当純收益三十六円三十八銭からこの利潤八円五十銭を引いた残額反当二十七円八十八銭が耕作者にとつての地代部分となるわけである、從つてこれを最近発行の国債利廻り三分六厘八毛で割つて還元して得た七百五十七円六十銭が田を耕作する者にとつての一反歩の自作收益価格で、この自作收益価格を中庸田の反当標準賃貸価格十九円一銭で割つて見ると三十九・八五倍となる、これを切上げて四十倍とした、これが田の買收対価を賃貸価格の四十倍した計算の基礎である。

畑については田の自作收益価格を基準として昭和十八年三月の勧業銀行の調査により、田と畑の売買価格の比率が田一に対し、畑がその〇・五九倍となつているので、この比率を田の自作收益価格に乘じて得た反当四百四十六円九十八銭を畑の自作收益価格としてこれを中庸畑の標準賃貸価格である九円三十三銭で割つて得た四十七・九倍を切上げて四十八倍とした、これが畑の買收対価を賃貸価格の四十八倍とした計算の基礎である。

しかして我が国においては戰爭終了前より既に農地調整法によつて農地は処分の制限(第四條)土地取上の制限(第九條)、小作料の金納化(第九條の二)、小作料の統制(第九條の三乃至九)の政策を堅持して來た、その結果農地はこれを農業者において使用收益し、以て生産の結果を挙げるところの生産手段と化し、農地の財産としての価値は收益財産として存在する以外には存在し得なくなつた。

そして農地の本質も実は財産権の本質としての相対性、公共性、社会性を具有するものであるから、これを公共の福祉のために利用すること亦可能であり、農地を右の目的のために利用する場合には個人はこれを認容しなければならないこと及び、この場合正当な補償でしなければならないことは孰れも前述の通りである。

しかして政府が自作農創設特別措置法に基ずいて收益財産に過ぎない農地を買收するのは既に述べた通り喫緊なる社会政策の実現の目的であるから、この場合政府が收益財産としての価値しか有しない農地を買收するには自作收益価格をもつて、対価を算出したのは合理的で、これによつて個人の財産権の保障と社会正義の理念の調和を十分盡したものと謂うことができるから、同法に定める農地買收の対価は正当な補償を充たしている。

しかして更に政府は自作農を創設し又は土地の農業上の利用を增進するため必要があるときは、農地及び牧野以外の土地を、農地の開発に供する目的を以て、買收することができ、その場合、竹木の生立していない農地以外の土地の買收対価の算出の基礎は右土地等が將來、通常のかたちに造成されたならば地勢、地味、水利、地質等よりして附近の何処の農地に最も類似するかを勘案し斯くして右條件による近似の農地の時価に中央農地委員会の定める率を乗じて算出されたものを以て、最高の対価となすのであるが右中央農地委員会の定める率は農地以外の土地の種類によつて夫々決定することとし、本件の樣に未墾地の場合には右の率を近傍類似の農地の時価の四十五%とした。

しかして未墾地買收は右の樣に收益財産としてしか価値を有しない農地にこれを造成し、以て自作農創設と食糧增産と謂う社会正義の実現に寄与するのであるから、農地としての食糧生産価値を有する段階に迄至らない未墾地を買收するときは、これに対して補償として支拂われる対価亦前述の農地買收の対価以上に支拂われるものでなく、此の場合農地の価格を一応標準として未墾地の価格を算出するのが妥当である、したがつて自作農創設特別措置法に基ずいて、中央農地委員会が前記の方法によつて対価を算出することを定めたのは合理的であり、又斯くすることが前示農地に関する統制法の法意にも合致する所以でもある、結局右標準による算出方法は個人財産権の保障と社会正義の理念の調和の機能を最もよく盡すことになり、補償の正当性について欠けるところはないから、同法の定める未墾地の買收の対価は憲法第二十九條に違反することはない、

しかして口頭弁論の結果と証人川崎〓夫、福岡卓郞、大塚寛二郞(第一回)の各証言と檢証の結果とを綜合するときは本件未墾地買收計画には、立木、竹木、根株を含まない土地のみの買收であつて、同地上に存在する立木、竹木、根株の処分は各個人に任せたものであることそしてその土地のみの買收対価の算出方法は、自作農創設特別措置法第三十一條、同法施行令第二十五條及び中央農地委員会の定めるところにしたがつて近傍類似の農地として五所村大字上平塚字村北一二八番の畑、賃貸価格六六級、七円及び同村同大字字堀字(庚申山)二七九番の畑、六〇級、四円八十銭とを採り、これに夫々四十八倍して農地の買收対価を算出し、これに四十五%を乗じて得た最高値百五十一円二十銭と百三円六十八銭とを本件未墾地買收計画における買收の対価としたのであり、そして右計画のあつた地区は地味は中庸であるが、大体、陸稻反当收穫四俵以上の場所一画と、一俵半位收穫の場所一画の二種類に分類され、これが夫々前示近傍の農地に類似し、孰れも壤土質であつて、酸性が微酸性で、而も立木、竹木、根株を本件買收計画に含まないことを前提とするものであることが認められるから本件計画の対価は、日本国憲法第二十九條の補償の正当性について、何等欠けるところはない、と謂わなければならない。

四、原告等は異議の申立に対する却下が期間遵守の規定に反して期間経過後になされたものであるから裁決は無効であると謂うが、元來行政は公共の目的や政策を実現するための行政部門における意思活動であつて、異議や訴願の途が個人に認められるのは行政権の発動に基ずいてなされた意思活動である行政行為を行政について自律権のある行政官庁をして匡正するの機会を与え、以て、不当違法である行政行為の迅速なる解決と專門的なる見解による合理的なる救済との方途を行政官庁をして講ぜざるもので個人に対する恩惠的な措置であつて、この目的のため行政行為をした原官庁に再考の途を採らせるなり或は監督権ある上級官庁をして監督を行はしめる意味合で異議訴願の途があるのである。

そして異議訴願の途が開けている場合に、法令が行政官庁をして一定期間内に裁決をすべき旨を命じていることがあるが、これは裁決の遲滯を防ぐための命令的規定に過ぎないのであつて、以上のような精神を以て発生した裁決の権限は法定期間を過ぎたからと謂つて失はれると謂うことは出來ないから法定期間経過後の裁決は依然有効であると解さなければならぬ、しかして成立に爭いない乙第三号証の十四、乃至十八、第三号証の二十二、二十三に証人福岡卓郞の証言を綜合すると昭和二十二年九月二十三日異議の申立があつたので被告委員会は買上期日を変更した上、委員会を開催して審議し且更に現地の調査をなし、同年十一月十七日却下の決定をなしたので被告委員会としては漫然法定期間を過したものでないことが窺はれる、しかして被告委員会の決定期間を経過後になされたからと謂つて裁決する権限を失うものでないから右決定は依然有効であつて原告等の主張はこれを採用しない。

以上の認定により、明らかなとおり、被告農地委員会のなした未墾地買收計画は孰れの点から見ても何等違法の点がないから、被告県農地委員会との関係において、未墾地買收計画の取消を求め、被告知事との関係において右計画に対する知事の認可並令書交付処分の取消を求める原告等の請求は、いずれも失当として、これを棄却すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(目録省略)

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